こどもの日に柏餅やちまきを食べるのはなぜ?理由はココに!

こどもの日の食べ物・・・と言われて思い浮かぶのは、やっぱり柏餅ちまきですよね!

「柏餅でしょ!」と思ったら関東地方出身、「いやいや、ちまきだよ!」と思ったなら関西地方出身など、住んでいる場所によっても馴染みのある食べ物がどちらか違うのだとか。

私は関東地方(正確には東京よりずいぶん北)なので、柏餅でした。

こどもの日には柏餅やちまき!と定着していますが、これらの食べ物をこどもの日に食べるようになったのはなぜか、その理由はご存知でしたか?

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今回は、柏餅ちまきこどもの日食べるのはなぜなのか?理由由来をバッチリ調べてまとめてみました。

どうぞサクッとご覧下さい♪

こどもの日に柏餅を食べるようになった理由は・・・

ズバリ、柏餅の柏の葉が「子孫繁栄(子供が無事に育つ)」を願う縁起物だったからです。

柏餅は、上新粉に片栗粉(くず粉)を混ぜて「しんこ餅(新粉餅)」を作り、しんこ餅で餡を挟んで柏の葉で包みます。
ここでポイント。中に挟む餡は味噌餡だったり小豆餡だったりと好みで変えて大丈夫なのですが、しんこ餅を包む葉は、柏の葉でなくてはなりません。

はじめにもちょろっと書きましたが、理由は大きく分けて二つ。

柏の木は古くから神様が宿る神聖な木と考えられていたから

柏の葉は「家系が絶えない」としてとても縁起の良いものだったから

それぞれを見ていきますね。

    柏の木はとても神聖な木として考えられていた

    柏の木には葉守の神(はもりのかみ/樹木を守る神様)が宿ると考えられていて、とても神聖な木として大切にされてきました。
    柏の葉は、古くは宮中の料理の器として使われていたそうです。

    また、神様を拝む時に鳴らす柏手(カシワデ)なども、合わせた手の形が柏の葉に似ていることから名前がつけられたという説もあります。

    柏の葉は家系が絶えない縁起物

    柏の葉は、葉が枯れても枝から落ちません。
    冬の寒さに耐え、春に新芽が出てきて成長するまで葉はそのままなんです。

    この姿が、親(葉)は子供(新芽)が生まれ成長するまで死なない(葉が落ちない)、つまり家系が絶えない、子孫繁栄の象徴として、家を重んじる昔の日本人に好まれ大切にされていたんですね。

    枯れた葉が落ちないで枝に留まっている姿から、葉守の神様が柏の木に宿り守っているとも考えられていたのだそう。

ちなみに柏餅が誕生したのは、江戸時代(1603年~1868年)と言われています。柏餅は日本発祥のお菓子なんですね。

現在のこどもの日(端午の節句)が公的な行事と定められ庶民にも広く知れ渡ったのも江戸時代に入ってからです。

古くは女性の神事だった端午の節句が、男の子の誕生や成長を願ってお祝いする行事になったのは、鎌倉時代(1185年頃~1333年)頃から。

端午の節句がこどもの日として親しまれるようになったのは、昭和23年に国民の休日としてこどもの日が制定されてからですね。

時代時代で形を変えている端午の節句ですが、子を思う親の心は変わらず、こどもの日に柏餅を食べるという風習は受け継がれているのですね。

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こどもの日にちまきを食べるのはなぜなの?

こどもの日にちまきを食べる。

ちまきも柏餅同様、れっきとした行事食です。そこに込められた意味は『魔除け・邪気祓い』。

こどもの日にちまきを食べるようになった由来と併せて、簡単に説明させて頂きますね。

    こどもの日にちまきを食べるようになった由来

    ルーツとされているお話は古く、時は紀元前3世紀頃の中国、『楚』の時代にまで遡ります。

    楚王の側近であった屈原(くつげん)という男は、政治家でありながら詩人でもあり、義理人情に厚く民からも慕われていました。

    ある時、楚王が他国の陰謀に乗せられているのにいち早く気が付いた屈原が王を諌めるも、王の不興を買い、国を追われてしまいます。

    国を思う気持ちが人一倍強かった屈原は、国の行く末に失望し、汨羅(べきら)という川に身を投げ絶命しました。その日がちょうど、現在の5月5日だと言われています。


    ここからちまきが登場するのですが、調べてみると大きく分けて2つの説がありました。

    ちまきの由来 その①

    屈原の死を嘆いた国民たちは、汨羅にちまきを投げ入れて供養しました。

    屈原の亡骸が魚に食べられてしまわないように、エサ代わりにちまきを使ったのですね。屈原を慕う民の心が如実に表れているエピソードです。

    ちまきの由来 その②

    屈原を慕っていた国民たちは、彼の供養のために米の入った竹筒(ちまきの原型)を供物として、汨羅に投げ入れました。
    しかし屈原のところに届く前に、供物は悪い龍に盗まれてしまいます。

    困った国民たちは、龍が嫌いな葉(楝樹/れんじゅ、茅/ちがや、笹)などでもち米を包み、魔除けの意味を持つ5色(青・赤・黄・白・黒)の糸で縛って供物にしたところ、屈原の元にちゃんと届くようになりました。

    こちらはちまきに魔除けの意味がある理由がしっかり表れているエピソードです。

    (関連記事:こいのぼりの吹き流しの意味!五色を使う理由も調べたよ!

これがちまきの始まりとされ、中国では5月5日に『魔除け』『災いを避ける』などの意味でちまきを食べるようになりました。

この風習が『端午の節句』の行事と共に日本に伝わり、日本でも5月5日端午の節句、現在の『こどもの日』にちまきを食べるようになったと言われています。

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あとがき

ギリギリ関東圏在住の我が家の子供たちは、柏餅が苦手です。

あんこが苦手な下の子は見向きもせず、あんこが大好きな上の子は柏餅の葉っぱを取るのに四苦八苦。途中であきらめて、葉っぱのついていないところだけをかじろうとします・・・。

まるで虫が食ったあとのよう(汗)

でも柏餅とちまきのルーツを調べて思ったのですが、子供に食べて欲しいのはどちらかというと『ちまき』のような。

柏餅は親の私が食べたいと強く思いました。だって子供が成長は、この目でしっかり見届けたいですもん。

今年のこどもの日は両方買ってきて、私や夫が柏餅、こどもたちにはちまきを出そうかな♪

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